ゆめと因紅の三原色

プラレールの改造とたまに日常と小説

2002年に取り残されて

書こう書こうと下書きに置いといたら公開するの忘れてました。

 

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ところで皆さん幼少期の思い出に残る旅行ってありませんか?

今回は『小さい頃〇〇に家族旅行で乗った』とかそういう感じの話です。

 

あれはおそらく2002年の秋頃だと記憶しています。

スポーツ好きだった両親の各々所属するチームが全国大会に出るとの事で青森に行く事となりました。

流石に小さい自分(アクティブ)を数日置いてくわけにもいかないので連れて行くのですが、なんとそのタイミングで当時最新豪華列車の称号を手にしてたカシオペアの券が取れてしまいます。(しかもカシオペアスイート1号車の二個目か三個目の部屋)

切符をダメ元で取った父親もどうしてこうなった?と半笑いで首を傾げてた事でしょう

 

こうして青森からわざわざ札幌まで行ってから上野に戻るという、鉄オタ並みの旅程を復路で行うという珍事が発生しました。(だから変な所で変な旅程組むようになったのかしら?)

 

さてここで問題になってるのがどうやって札幌に行ったかです。

カシオペア内の記憶は

・11号車の展望ラウンジに「おぉ〜」ってなったり

・二階建ての個室にはしゃいだり

・食わず嫌いが多かった為食堂車でピザしか食わなかったり(もうちょいなんか食っとけ)

・函館過ぎて展望ラウンジに行ったらED79ドラえもん塗装に遮られて展望できずガッカリしたり(多分17号機…?)

・早起きして福島かどっかで朝焼けに光る新幹線高架を眺めたり

・車内で買ったのか貰ったのか海峡のオレンジカードを持ってはしゃいだり

等々…割と色々覚えているのですがそこに至るまでの記憶が朧げです…。

 

両親に聞いたり調べたりすると、どうやらホテルで朝食を取った後9時頃の列車に乗ったらしいのでこの時点で海峡3号である事は確定しました。

あやふやな記憶の一つにカーペット車で「すげーすげー」と言ってる記憶があり、14系か50系のどっちなのか自信が持てませんでしたが、どうやら14系の運用は固定されてたようで海峡3号は14系の運用だったそうです。

 

ここからは本当に憶測になるのですが、そのまま函館に着いてスーパー北斗7号(?)に乗り継いで札幌に向かい、カシオペアに乗車したのだと思われます。

なんせこの時代の資料を揃えておらず記憶も全く覚えてないとなるて調べようが無いです。

 

2002年の時刻表を買ったら是非とも検証してみたいものですね。